コラム

この間、大学のゼミの先生と久しぶりにお会いして、自分の普段考えてることを少し喋ったことをきっかけに、絡まっていた糸が、スーッとほどけた気がしました。

「僕たちはセンスとかそういうのが仕事だから、もっと自分の考えを遠慮なく言ったらいい。」

そう言われ、自分の想いを文章にすることになんだかポンっと背中を押してもらいました。日々の仕事に忙殺されて忘れてしまう前に、普段考えてることを少し、ここに記したいと思います。

建材メーカーや既製品について思う事

私たちは夫婦で、主に造園という方法で空間を造っています。時々メンテナンスは必要だけども、経年変化が楽しめる。古くなってもそれが味になり、豊かさや潤いを感じる事が出来る。そこがぱっといい風景になるような空間造りをいつも目指しています。

私たちは日本の建材メーカーのいわゆるアルミ既製品はあまり好きではありません。コスト面や機能面で有効な場合は、出来るだけシンプル(何々風ではない)なものを部分的に使う事はありますが、新しいときはピカピカで綺麗すぎて経年と共に劣化を感じる素材や、「何々風デザイン」には非常に疑問を持っています。特にエクステリアにおいては、もっと考える余地があるのではないかと感じています。
(もちろんメーカーに見習うべき点は沢山あります。クレームが起こらないように、起こったことへの改善を繰り返して、ほとんどの人が安全に使える製品を作っていること。工場大量生産でコストを抑え、手の届きやすい価格の製品を多く作っていること。多くのメーカーは大企業で沢山の雇用を生み出していることもすごい事です。)

メーカーがもし、もっと建築的な詳細の収まりや部材の大きさ、素材、バランスなどに気を使って、シャープで洗練されたデザインのカーポートを安価に作ってくれたら、使用を検討する機会も増えると思います。

潤いのある、本当に豊かな風景を目指して
▲ 住宅はサイディング貼りでモダンな感じなので、木塀も出来るだけスッキリと。高い塀なので、町並みに与える印象はほとんど、この塀と、次の冬に植える予定の植栽となる。

潤いのある、本当に豊かな風景を目指して
▲ 柱を地中に埋めるデザインのため耐久性を考慮しアルミの柱を使っているが、板材は杉板に浸透性の防腐塗料(エコウッドトリートメント。)

潤いのある、本当に豊かな風景を目指して
▲ 飛び石も、モダンな住宅と合うように、あまり主張しすぎないものを選んでいる。

以前勤めていた設計事務所で、ミニキッチンとトイレとシャワールームが組み込まれたユニット水廻りを、メーカーと共同開発をしたことがあります。そこでデザインの監修に少し携わらせて貰ったのですが、(正しくは、担当者が後輩で、その人が全て収めました。私は見守ったり口を出したり。)詳細の収まりに関してはものすごい労力を使いました。
デザインなら何でもそうだと思うのですが、物のコーナーや出隅、物と物がくっついているジョイント部分の収まりが一番大事です。そこが綺麗でスマートなら、あとは少々ざっくりしていてもいいのです。コスト面のこともあり、部分的に使えるデザインのシンプルな既製品の選定も大変でした。
畳2帖ほどの空間にかなりの歳月をかけて、浴槽工場に行ったり、メーカーの方と何回も打合せを重ね開発しました。模型も沢山作りました。真剣に知恵を絞って絞って考え続けてデザインしました。

※キアラ建築研究機関 subaco
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洗練されたデザインで、尚且つ使いやすく汎用性のあるものを作るという事は、現在の日本においては、本当に労力のかかる事だと思います。だからデザインの良いものは高くなる傾向がある。これは、デザインにおいて日本が劣っているとかいう事ではなく、良くも悪くも歴史や気質にも関係すると思います。書き出すと長くなる&わけが分からなくなりそうなので今はやめておきます。
もし、建材メーカーからカーポートの新商品デザインするの協力してと依頼が来たら(うまくいくかはわかりませんが)喜んでやるのですが(笑)

良い空間の生まれ方

空間において(ここでは建築空間をイメージしてください。)天井が高かったり、広かったり、それでいてお洒落な空間は、わくわくしたり、やる気になるなぁ、好きだなぁと、高校生の頃くらいから自覚するようになりました。高校生の夏休みに、新しく出来た近所の図書館の空間が大きくて、木の格子が綺麗で、ソファーやベンチもデザインされていて、「おーっ」と思ったのを覚えています。

その後、縁あって京都造形芸術大学デザイン学科環境デザインコースに進学しました。卒業後に放浪の旅、設計事務所で働く、そして植威で主人と造園のデザインをやりだして、内外の空間デザインにおいては、自分なりに感じたり考えたりしてきたつもりです。
「これは良い空間だ、好きだ、そうでもない」というのは、「好み」というものが大きいとは思いますが、それ以上の理由が、少なくとも私にはあります。

「いい空間」とは、知恵を絞って絞って、そこに想いやエネルギーを込めて設計されている。そしてその熱意を、ビルダーが感じて応えている。そういう時に出来ている。
もちろんセンスや経験は必要です。でもそれだけではダメです。

完成した空間が使われることをしっかり想像し、「もっとこうだったらいいな、あぁだったらいいな」と思いを巡らせたり、何か問題がある時も楽な妥協点に逃げないでもうひと踏ん張りして考える。あきらめない。そういう空間が、気が利いていて、洒落てて「いい空間」になり得ると思うのです。

逆に、設計段階で「こんなもんでいいやろ」「これが普通」「それは出来ない」と、当然のように妥協やあきらめを繰り返してしまうと、魅力的な空間にはならないと思います。それはビルダーにも伝わります。(大事なところは頑張って、ところどころの「こんなもんやろ」は必要ですが。)大型建築でも、小さな家でも、外構工事や作庭でも、きっとそうだと思います。

設計事務所勤務の時は職人さんと直接話す機会はあまりなく、基本的に現場監督と話し、監督さんから現場の職人さんたちに話します。しかし植威では施工もしていますから、職人さんの生の声が聞けるわけです。すると、面白い建築や造園の時は楽しそうに作業してくれますし、こちらがこだわりや熱意をもって説明すると、私が、職人さんにとってよくわからないことを言っていたとしても、熱心に理解してくれようとしてくれるんです。面白がってくれるんです。
そうこうしていると、職人さんからもこうした方がいいんじゃないか、とか、すごく前向きな提案が出てきたりして、どんどん良くなっていくのです。
そういうやりとりを普段からしていると、相談もしやすいので、仕事の効率も非常に良くなります。

潤いのある、本当に豊かな風景を目指して
▲ 左官洗出しサンプル。ローコストでもデザインはあきらめたくない。左官屋さんがこちらの意図を汲んで作成してくれた。

大きい視野を持って、常にベストを尽くしたい

「まだまだ若いのに(若くない?!)これは良いとか悪いとか偉そうに言えない」
「いいか悪いかなんて人の価値観なんだから、公前で自分の好みを押し付けるようなことは言いにくい」
「お金を出すのは施主様だから、おかしいと思っても施主様の気持ちを尊重しないといけないな」
「相談したいことがあるけど、先方も忙しいから安易に聞くのはよくないな」

いろんな遠慮や、謙遜の気持ちを持っています。

でも、それは時に、ベストな方向へ向かわないことがある。
例えば、遠慮してオブラートに包んだことばかりを言っていたら、自分たちの理念が伝わらなくて私たちのやってるような仕事を求めてくれている人に届かない。
施主様の想いや施工者の意見について、「それはおかしいな」という時に言われた通りにしていたのでは、いいものにはならない。そこで我を通すのではない、言われたことをしっかり考えて、話し合ったり、必要があれば説得するひと手間が必要。

最近、そういうことを切に感じています。
目先の事ではなく大きい視野を持って、常にベストを尽くしたいと、改めて思うのです。

潤いのある、本当に豊かな風景を目指して。

潤いのある、本当に豊かな風景を目指して
▲ モデルガーデンのスナップ写真。経年で味の出てきたイタウバのウッドデッキ。